愛媛大学農学部生命機能学科

渡辺 誠也先生

見かけに惑わされない機能未知酵素の機能解析~耳を澄ませて声を聴く~

生命は酵素とともに

 生命現象の中で起きているあらゆる化学反応は生体触媒とも呼ばれる酵素なしで進行しないことから、生命は酵素とともにあると言えます。酵素は基質と呼ばれる特定の化合物のみを反応に使い余分な副産物も生じないため、整然とした物質代謝が可能となります。タンパク質である酵素の正体はアミノ酸がつながったポリペプチド鎖であり、それが特定の形に折りたたまれた立体構造をとっています。アミノ酸の並び方は酵素の種類によって異なりますが、機能が類似したものは並び方も類似する傾向にあります。これは、進化の過程で単一祖先の遺伝子が重複したためと考えられています。ですから、何をしているか分からない酵素(機能未知酵素)の働きを知りたいときは、そのアミノ酸配列を機能がすでに知られた酵素(機能既知酵素)のものと比較することが第一歩となります。

酵素は見かけだけじゃない!

 私たちの研究室では、生命現象の理解の深化と産業応用を念頭に、微生物の持つ機能未知酵素の探索を行っていますが、今回はアコニターゼX(AcnX)の例をご紹介します。アコニターゼはクエン酸回路と呼ばれる重要な代謝系に関わる酵素ですが、同じ遺伝子を祖先とする仲間の酵素が他に4つ存在しています。このうち機能既知酵素である3つについては基質構造と反応様式が非常に類似していることから、AcnXの機能もそれに似ていると考えましたがそれは正解ではありませんでした。突然ですが、ここで皆さんが学校の音楽室の倉庫を整理しているとしましょう。トランペットやシンバルなどに混じって何かの実験器具に見えるようなものもありましたが、よく調べるとそれはアフリカの珍しい楽器だったのです。

君の基質は?

 これをAcnXに当てはめると次のようになりました。つまり、AcnXの酵素自体はアコニターゼ(実験器具)に似ていますが、微生物のゲノムを解析するとその遺伝子はヒドロキシプロリン(Hyp)と呼ばれるアミノ酸の一種を分解する遺伝子群(トランペットやシンバル)と一緒に位置していることが分かりました。Hypには水酸基のつく位置によって合計10種類の異性体がありますが、生物が利用できるものは5種類だけでした。そこで、これら10種類のHypと一つずつAcnXを混ぜてみたところ、シス-3-ヒドロキシ-L-プロリンと(C3LHyp)いうこれまで注目されていなかったものを基質とすることが分かりました。数年前に高校生の男女が運命的な出会いをする映画がヒットしましたが、これはさしずめ「君の基質は?」といったところでしょう。

基質と酵素の構造で二度美味しい

 私たちの研究室ではこのような基質探索(出会い)だけでなく、酵素の立体構造から機能を解明する(お互いの顔を知る)取り組みも行っています。光学顕微鏡では分からない原子レベルの構造は、酵素の結晶にX線を当てその回折パターンから決定することができます。皆さんも飽和食塩水を放置しておくと塩の結晶が析出するのを知っていると思います。これに比べて構造が複雑で不安定な酵素の結晶化は運に左右される面も大きく、「決勝」まで行けず「予選敗退」も多いのですが...。幸運なことにAcnXの立体構造の決定には成功し、C3LHypを分解する詳細な仕組みを解明することができました。

未知の先に道がある!

 題名にあるように、機能未知酵素のアミノ酸の並び方の類似性(見かけ)を重視する手法ではAcnXの基質としてC3LHypを選択する必然性は皆無であり、その機能の解明にはさらに長い時間を要したことは間違いありません。生命の設計図であるゲノムが容易に分かるようになっても、そこにある酵素(遺伝子)のすべてが明らかになったわけではありません。膨大な情報(騒音)の中から美しい旋律が耳に届いた瞬間の感動を求めて、今日も機能未知酵素の研究を続けています。

【主な発表論文】
  1. Watanabe, S., Murase, Y., Watanabe, Y., Sakurai, Y., Tajima, K. (2021) Crystal structures of aconitase X enzymes from bacteria and archaea provide insights into the molecular evolution of the aconitase superfamily. Communications Biology 4, 687
  2. Watanabe, S., Fukumori, F., Miyazaki, M., Tagami, S., Watanabe, Y. (2017) Characterization of a novel cis-3-hydroxy-L-proline dehydratase and a trans-3-hydroxy-L-proline dehydratase from bacteria. Journal of Bacteriology 199, pii: e00255-17.
  3. Watanabe, S., Tajima, K., Fujii, S., Fukumori, F., Hara, R., Fukuda, R., Miyazaki, M., Kino, K., Watanabe, Y. (2016) Functional characterization of aconitase X as a cis-3-hydroxy-L-proline dehydratase. Scientific Reports 6, 38720.

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