愛媛大学農学部・大学院農学研究科

大学院農学研究科の石田萌子助教、修了生の宮川楓加さんらの論文が学術雑誌Foodsにオンライン掲載されました

 大学院農学研究科の石田萌子助教、同研究科修了生の宮川楓加さん、西甲介准教授、菅原卓也教授の研究グループは、クミン種子水溶性抽出物の摂取がアレルギー優位状態のT細胞バランスを改善することでアレルギー性鼻炎症状を軽減する可能性を示しました(図1)。本研究成果は、学術雑誌Foodsにオンライン掲載されました。

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【ポイント】
・ クミン種子の脂溶性成分の機能性研究は非常に進んでいる一方、水溶性成分の機能性研究は少なく、知見が乏しい。
・ オボアルブミン(OVA)誘導性アレルギー性鼻炎モデルマウスへのクミン種子水溶性抽出物の経口投与により、くしゃみ症状の軽減および血中IgE量の減少が確認された。
・ 脾臓細胞からのTh2サイトカイン産生量の減少に加えて、脾臓細胞中のTh1 細胞と Th2 細胞の比率改善が確認された。
・ アレルギー優位状態のT細胞バランスを改善することでアレルギー性鼻炎症状を軽減することが示唆された。

【研究の背景と経緯】
 免疫は本来、異物の侵入(非自己物質)あるいは生体内で発生する変異細胞(変異自己物質)から自己を守るために機能しています。しかし、その免疫反応が遺伝要因や環境要因によって異常をきたし、生体に悪影響を及ぼす場合があります。その一例として挙げられるのがアレルギーです。花粉症、アトピー性皮膚炎、食物アレルギーなどの症状が挙げられるI型アレルギーは、一度罹患すると完全治癒が難しく、現在約半数の国民が何らかのアレルギーを持つという状況になっており、アレルギー症状の予防・緩和対策は喫緊の課題となっています。眠気や口渇などの副作用によりQOL低下を招く抗アレルギー薬に代え、抗アレルギー効果のある機能性食品で対処すべく、私たちは食品成分の抗アレルギー効果とその作用機構の解明に取り組んでいます。
 セリ科に属するクミン(Cuminum cyminum L.)の種子は、エスニックな芳香と辛みを持っており、カレーなどの香辛料として広く使用されています。種子から得られる精油には、クミンアルデヒド、γ-テルピネン、β-ピネンなどの揮発性成分が含まれており、これら成分には、抗炎症、抗糖尿病、抗酸化、抗菌などの多くの生物学的機能があることが報告されています。一方で、クミン種子に含まれる水溶性成分の機能性に関する研究報告や活用例は極めて少ないのが現状でした。そこで、クミンの付加価値を高めるとともに、シードオイル抽出後の未利用資源の有効活用の観点から、クミン種子水溶性成分の新規保健機能の解明に取り組んできました。これまでに私たちは、クミン種子の水性抽出物(CAE)がラット好塩基性細胞株RBL-2H3細胞の脱顆粒を抑制することを報告しましたが、この抽出物が実際に生体でのアレルギー症状を軽減するかどうかは不明のままでした。

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【研究の内容】
 OVA 誘導性アレルギー性鼻炎モデルマウスにCAE を7日間経口投与したところ、モデルマウスの鼻炎症状の一つであるくしゃみの回数が減少しました(図2)。また、CAE投与群の血中のIgE量およびIL-4量の低下も確認されました。
 アレルギー性鼻炎を含むI型アレルギーには液性免疫が関与しており、T細胞バランスがTh2細胞優位に傾いてしまうとIgEへのクラススイッチを誘導するIL-4の産生が過剰となり、血中IgE量の増加およびアレルギー反応の誘発に繋がります。そこで、CAEの摂取によるヘルパーT(Th)細胞系への影響を検討することにしました。その結果、CAEの経口投与により、モデルマウスの脾臓細胞からのTh2サイトカイン(IL-4、IL-5、IL-10、および IL-13)産生の低下が確認されました。さらに、脾臓細胞中のTh1 細胞と Th2 細胞比率の改善も確認されました(図3)。これらのことから、CAEの摂取により、アレルギー優位状態であるTh2細胞の優位傾向を改善することで血中IgE量の減少およびアレルギー性鼻炎症状の軽減を示すことが示唆されました。

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【今後の展望】
 クミンシードオイルの抽出後の残渣には、機能性を有する多数の水溶性成分が残存しています。これまであまり注目されていなかったクミン種子の水溶性成分に着目した本研究は、クミン種子に新たな付加価値を与えるとともに、これらクミン種子残渣の有効活用に繋がります。今後の展望としては、CAE中に含まれる水溶性の抗アレルギー物質を特定し、機能性食品の開発に繋げることです。

【補足説明】
[免疫グロブリン]
 抗体と呼ばれる免疫グロブリン(Immunoglobulin; Ig)は、ヒトではIgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5つのアイソタイプに分けられる。IgEがI型アレルギー発症に深く関与しており、Ⅰ型アレルギー症状を持つヒトでは、ある特定のアレルゲン(花粉などのアレルギーを誘発する物質)に特異的に結合するIgE の血中濃度が、正常なヒトの血中IgE濃度よりも高値を示す。
[抗体のクラススイッチ]
 抗体の抗原特異性を保ったまま、抗体のタイプ(クラス)が、IgM型からIgGやIgA、IgE型に変化する現象をクラススイッチという。
[抗原(アレルゲン)]
 免疫細胞が異物として認識する物質を抗原といい、中でもアレルギーを引き起こす物質を特にアレルゲンと呼ぶ。抗体もまた、特定の抗原に"特異的に"結合することができる。
[オボアルブミン]
 卵白を構成する主要なタンパク質で、卵アレルギーの代表的なアレルゲンである。
[ヘルパーT細胞(Th細胞)]
 抗原の種類や他の免疫細胞から受け取る刺激により、CD4+ナイーブT細胞からTh1細胞(細胞性免疫)、Th2細胞(液性免疫)、Th17細胞、Treg細胞に分化する。
[Th1/Th2バランス]
 ヘルパーT細胞のサブセットであるTh1細胞とTh2細胞のバランスは正常な状態では均衡が保たれているが、細胞性免疫あるいは体液性免疫の必要性に応じてそのバランスが変化する。Th1細胞とTh2細胞は、相互にその分化や増殖を抑制し合っているので、反応が終われば元の適正なバランスに戻る。
[サイトカイン]
 免疫細胞から分泌されるタンパク質であり、受容体を介して細胞間の情報伝達を担う。Th1細胞はIL-2やIFNγ(Th1サイトカイン)、Th2細胞はIL-4、IL-5、IL-13(Th2サイトカイン)を産生する。

【論文情報】
掲載誌:Foods
題名:Aqueous extract from Cuminum cyminum L. seed alleviates ovalbumin-induced allergic rhinitis in mouse via balancing of helper T cells.
著者:石田萌子、宮川楓加、西 甲介、菅原卓也
責任者:菅原卓也
DOI:doi.org/10.3390/foods11203224